顧客リピート率向上のための段階別分析手法 カスタマージャーニーに基づく離脱ポイントの特定と対策 執筆者:渡辺益代(個人サロン経営コンサルタント・あいち産業振興機構スタートアップ創業支援アドバイザー)

目次

1. はじめに:問題設定の重要性

経営相談において、頻繁に寄せられる相談の一つが「顧客がリピートしない」という悩みです。しかし、この問題提起自体に、重大な認識の誤りが含まれている場合があります。

本稿では、リピート率向上という課題に対して、科学的な分析手法と段階別の対策を提示します。


2. 問題認識の検証:事実の確認

2-1. 「リピートしない」という認識の矛盾

相談者から「顧客がリピートしない」という訴えを受けた際、まず確認すべきはその認識の妥当性です。

【論理的検証】

前提:「顧客がリピートしない」
結果の推論:リピート客がいない → 売上がない → 事業継続不可能
現実:事業は継続している
結論:前提は誤りである

【正しい認識】

「顧客が全くリピートしない」のではなく、 「リピート率が期待値より低い」または 「特定の段階で離脱率が高い」

2-2. 事業継続の前提条件

事業が継続しているという事実は、以下を意味します。

【事業継続が示す事実】

  • 一定数のリピート顧客が存在する
  • 最低限の収益基盤がある
  • 完全な失敗状態ではない

この事実認識が、冷静な問題分析の出発点です。

【例外的状況】 ただし、以下の場合は別途対応が必要です:

  • 豊富な自己資金による一時的な事業継続
  • 外部資金(借入等)による延命状態
  • 副業として赤字を容認している状態

3. 問題の正確な定義

3-1. 問題定義の再構築

「リピートしない」という漠然とした表現を、具体的な経営課題に再定義します。

【適切な問題定義の例】

  • 「初回来店後の再来店率が業界平均より20%低い」
  • 「3回目以降の継続率が50%を下回っている」
  • 「優良顧客(年間10回以上)の比率が全体の10%未満」

【問題定義の5W1H】

  • What(何が):どの指標が問題か
  • Where(どこで):顧客接点のどの段階か
  • When(いつ):いつから問題が顕在化したか
  • Who(誰が):どの顧客セグメントで起きているか
  • Why(なぜ):なぜその問題が生じているか(仮説)
  • How much(どの程度):定量的な規模はどの程度か

4. カスタマージャーニーの段階別分析

4-1. カスタマージャーニーの定義

カスタマージャーニーとは、顧客が製品・サービスを認知してから、ファン顧客になるまでの一連のプロセスを指します。

【基本的なカスタマージャーニー】

認知 → 興味 → 検討 → 初回購入 → 再購入 → 継続購入 → ファン化

サービス業における典型的な段階は以下の通りです。

【サービス業のカスタマージャーニー段階】

段階 顧客の状態 重要指標
ステージ0 潜在顧客(未認知) 認知率
ステージ1 見込み客(認知済み) 問い合わせ率
ステージ2 初回顧客(トライアル) 成約率
ステージ3 再来店客(リピート開始) 再来店率
ステージ4 継続顧客(定着開始) 3回目来店率
ステージ5 優良顧客(高頻度利用) 来店頻度
ステージ6 ファン顧客(推奨者) NPS、紹介率

4-2. 離脱ポイントの特定

リピート率の問題を解決するには、どの段階で顧客が離脱しているかを特定する必要があります。

【重要な分岐点の特定】

質問1:初回→2回目の移行率は?

  • 初回来店後、2回目の来店がない
  • → 初回体験の問題、アフターフォローの問題

質問2:2回目→3回目の移行率は?

  • 2回目は来店するが、3回目が続かない
  • → 関係構築の問題、価値伝達の問題

質問3:3回目以降の継続率は?

  • 3回以上来店しても定着しない
  • → サービス品質の問題、競合との比較

5. 段階別の離脱原因と対策

5-1. ステージ3:初回→2回目(再来店)の離脱

【離脱の主な原因】

  1. 初回体験の不満足

    • サービス品質が期待に届かない
    • 接客態度に問題がある
    • 価格と価値のミスマッチ
  2. アフターフォロー不足

    • 来店後のフォローがない
    • 次回予約の提案がない
    • 顧客情報の記録・活用がない
  3. 心理的障壁

    • 再度予約することへの遠慮
    • 他店との比較検討中
    • 緊急性の欠如

【対策の方向性】

a) 初回体験の最適化

  • カウンセリングの充実
  • 期待値の適切な設定と管理
  • 初回特典の戦略的設計

b) アフターフォローの体系化

【推奨フォロープロセス】
来店当日:御礼メッセージ(24時間以内)
    ↓
3日後:状態確認メッセージ
    ↓
7日後:次回提案メッセージ
    ↓
14日後:リマインド(予約がない場合)
    ↓
30日後:最終フォロー

c) 心理的障壁の低減

  • 次回予約の仕組み化(来店時に次回予約)
  • 期間限定の再来店特典
  • ハードルの低いコミュニケーション手段の提供

5-2. ステージ4:2回目→3回目以降(定着)の離脱

【離脱の主な原因】

  1. 価値実感の不足

    • 継続する理由が明確でない
    • 効果が実感できない
    • 他店との差異が不明確
  2. 関係性の希薄さ

    • 特別扱いされている感覚がない
    • 個別化されたサービスがない
    • 単なる「取引」に留まっている
  3. 競合への流出

    • より魅力的な競合の出現
    • 価格競争での敗北
    • 新奇性の喪失

【対策の方向性】

a) 継続的価値の可視化

  • Before/Afterの記録と共有
  • 定期的な効果測定と報告
  • 長期的なロードマップの提示

b) 関係性の深化

  • 顧客情報の詳細な記録
  • パーソナライズされた提案
  • 上位顧客への特別対応(前稿参照)

c) スイッチングコストの創出

  • 回数券・ポイント制度の導入
  • コミュニティの形成
  • 継続特典の設計

6. データ分析による科学的アプローチ

6-1. 基本的な分析指標

【必須測定指標】

指標 計算式 業界標準値(参考)
再来店率 2回目来店数 ÷ 初回来店数 × 100 40〜60%
3回目来店率 3回目来店数 ÷ 2回目来店数 × 100 60〜80%
継続率(6ヶ月) 6ヶ月後も来店している顧客 ÷ 6ヶ月前の顧客 × 100 30〜50%
リピート客比率 リピート客数 ÷ 全顧客数 × 100 60〜80%

6-2. コホート分析の実施

【コホート分析とは】 同時期に初回来店した顧客グループの行動を時系列で追跡する分析手法

【コホート分析の例】

初回来店月 初回 2回目 3回目 4回目 5回目 6回目
1月(20人) 100% 55% 40% 35% 30% 28%
2月(25人) 100% 60% 48% 42% 38%
3月(18人) 100% 50% 39% 33%

この分析により、どの段階で何%が離脱しているかが明確になります。


7. カスタマージャーニーマップの作成

7-1. ジャーニーマップの構成要素

【作成すべき要素】

要素 内容
顧客の行動 各段階で顧客が実際に行うこと
顧客の感情 各段階での感情状態(不安、期待、満足等)
接触点 事業者と顧客の接点(来店、メール、SNS等)
提供価値 各段階で提供すべき価値
課題・障壁 次の段階への移行を妨げる要因
対策 課題を解決するための施策

7-2. 「あるべき姿」の設計

単に現状を分析するだけでなく、理想的なカスタマージャーニーを設計します。

【理想的なジャーニーの例】

【初回来店】
行動:施術を受ける
感情:期待と不安が混在
提供価値:期待を超える体験、安心感
対策:丁寧なカウンセリング、初回特典

【来店後1週間】
行動:効果を実感、日常に戻る
感情:満足、でも再予約は迷い
提供価値:効果の実感、継続の必要性理解
対策:フォローメール、Before/After写真提供

【2回目来店】
行動:再来店
感情:信頼感の芽生え
提供価値:パーソナライズされた提案
対策:前回の記録を踏まえた施術、会員特典案内

【3回目以降】
行動:定期的な来店
感情:信頼、特別感
提供価値:継続的な改善、コミュニティ感
対策:上位顧客優遇、紹介特典

8. 集中投資ポイントの決定

8-1. パレート原則の応用

すべての段階に均等に投資するのではなく、最も効果的なポイントに集中投資します。

【投資優先順位の決定方法】

  1. 各段階の離脱率を測定
  2. 改善余地の大きさを評価
  3. 改善の難易度を評価
  4. ROI(投資対効果)を試算
  5. 優先順位を決定

【典型的な優先順位】 多くのサービス業において、初回→2回目の移行率改善が最も高いROIを示します。

【理由】

  • 改善による顧客数増加のインパクトが大きい
  • 比較的低コストで施策実行可能
  • 効果測定が容易

9. 他業種における応用

この分析手法は、業種を超えて応用可能です。

【業種別のカスタマージャーニー離脱ポイント】

業種 典型的な離脱ポイント 主な対策
飲食業 初回→2回目 リマインダー、次回割引券
小売業 2回目→定期購入 ポイント制度、メルマガ
フィットネス 契約→継続利用 コミュニティ形成、進捗可視化
教育業 体験→入会 無料体験の質向上、入会特典
BtoBサービス トライアル→本契約 導入支援、効果測定レポート

10. 実装のためのアクションプラン

10-1. 短期アクション(1ヶ月以内)

【ステップ1:現状把握】

  • ✓ 過去6ヶ月の顧客データ整理
  • ✓ 再来店率、3回目来店率の算出
  • ✓ 離脱ポイントの特定

【ステップ2:仮説立案】

  • ✓ なぜその段階で離脱するのか仮説を立てる
  • ✓ 顧客へのヒアリング実施
  • ✓ 対策案のリストアップ

10-2. 中期アクション(3ヶ月以内)

【ステップ3:対策実行】

  • ✓ 優先順位の高い施策から実行
  • ✓ 効果測定の仕組み構築
  • ✓ PDCAサイクルの確立

【ステップ4:カスタマージャーニーマップ作成】

  • ✓ 現状のジャーニーマップ作成
  • ✓ 理想のジャーニーマップ作成
  • ✓ ギャップを埋める施策の設計

10-3. 長期戦略(6ヶ月〜1年)

【ステップ5:体系化と最適化】

  • ✓ 各段階での標準プロセス確立
  • ✓ 継続的改善の仕組み化
  • ✓ スタッフ教育への反映

11. まとめ:段階別分析が成功への鍵

顧客リピート率の向上は、漠然とした取り組みではなく、科学的な分析と段階別の戦略的施策によって実現されます。

【本稿の要点】

  1. 問題の正確な定義が出発点

    • 「リピートしない」という漠然とした認識を排除
    • 具体的な離脱ポイントを特定
  2. カスタマージャーニーの段階別分析

    • 初回→2回目、2回目→3回目など、各段階を分析
    • データに基づく客観的な現状把握
  3. 段階ごとに異なる対策

    • 離脱ポイントによって有効な施策は異なる
    • 集中投資ポイントの見極め
  4. 継続的な測定と改善

    • PDCAサイクルの確立
    • コホート分析による効果検証
  5. 「あるべき姿」の明確化

    • 理想的なカスタマージャーニーの設計
    • ギャップを埋める計画的な施策

【最後のメッセージ】

事業が継続しているという事実は、 あなたには既にリピート顧客がいることを意味します。 その基盤の上に、科学的な分析と戦略的施策を積み重ねることで、 さらなる成長が実現できます。


【参考概念・用語】

  • カスタマージャーニー(Customer Journey)
  • コホート分析(Cohort Analysis)
  • スイッチングコスト(Switching Cost)
  • 顧客生涯価値(Customer Lifetime Value: LTV)
  • NPS(Net Promoter Score)

【推奨ツール】

  • Googleスプレッドシート(コホート分析用)
  • CRM(顧客関係管理)システム
  • 予約管理システム(自動フォロー機能付き)

【参考文献】

  • フィリップ・コトラー『マーケティング・マネジメント』
  • レックス・ブリッグス『顧客ロイヤルティの測定と管理』