目次
前稿では、事業モデルの戦略的選択について論じました。本稿では、筆者の事業転換のきっかけとなった顧客の一言と、そこから導かれた重要な経営原則について解説します。
事業の方向性に迷った時、最も確実な答えを持っているのは顧客自身です。
多くの事業者が、以下のような状況に陥ります。
【方向性の迷いの典型的症状】
【推奨される問題解決アプローチ】
事業の方向性に迷った時は、 優良顧客に直接尋ねる
【なぜ顧客に尋ねるべきか】
| 理由 | 内容 |
|---|---|
| 客観的視点 | 事業者の主観を超えた視点 |
| 市場の代弁者 | 顧客ニーズの具現化 |
| 信頼性 | 実際にお金を払っている存在 |
| 気づきの源泉 | 思い込みの打破 |
【開業初年度の経営実態】
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 事業期間 | 開業後1年間 |
| 事業方針 | 技術(作業)一筋 |
| 物販 | 完全にゼロ |
| 価格設定 | 低価格帯 |
| 収益構造 | 施術売上のみ |
| 顧客対応 | 黙々と施術に集中 |
転機をもたらした顧客の特徴:
【この顧客の特性】
【事業者の対応】
この顧客には、金額を気にせず、 最高だと思うサービスを提供していた
ある日、この理想的な顧客から以下の質問を受けました。
【顧客の質問】
「ここで私にいつも使ってくれる化粧品、 あれは買えないの?」
【事業者の驚き】
え?欲しいの?
買いたいの?
なぜ?
この質問は、事業者にとって完全に想定外でした。
この質問は、顧客の以下のような思考を示しています。
【顧客の論理的思考】
【前提】
サロンで使用している製品が気に入っている
↓
【推論】
同じ製品を自宅でも使えば、
さらに効果が高まるはず
↓
【結論】
その製品を購入したい
この論理は極めて合理的ですが、事業者は1年間気づかなかったのです。
筆者には、物販を避ける強い心理的理由がありました。
【前職の経験】
【当時の心理状態】
「お客様に買わせている」という罪悪感 毎日がキャンペーン、推奨販売の連続 顧客のためではなく、ノルマのための販売
【結果としての心理的反動】
前職での否定的体験
↓
販売行為そのものへの嫌悪
↓
「販売=悪」という思い込み
↓
物販の完全排除
【新事業で求めたもの】
「黙々と顧客のことだけを考えて施術し、 感謝される世界」
【物販に対する恐怖】
「販売という『買わせる』ことをしたら、 絶対に嫌われるに違いない」
【心理学的分析】 この思考は、過去の否定的体験の過度な一般化という認知の歪みです。
| 認知の歪みのパターン | 具体的内容 |
|---|---|
| 過度な一般化 | 「一つの否定的体験」→「すべての販売は悪」 |
| 全か無かの思考 | 「ノルマ販売」か「販売ゼロ」の二択 |
| 破局的思考 | 「販売=必ず嫌われる」 |
顧客は続けてこう述べました。
【顧客の発言】
「いつもここに来てあなたにキレイにしてもらっていて、 あなたが選んだ製品なんだから、 これと同じものを家でも使えばもっとキレイになれるんでしょ?」
【この発言が示す重要な洞察】
| 要素 | 顧客の認識 |
|---|---|
| 信頼 | 「あなたが選んだ」という専門性への信頼 |
| 論理 | サロン使用=効果実証済み |
| 期待 | 自宅でも同じ製品を使いたい |
| 主体性 | 「買わされる」ではなく「買いたい」 |
【事業者の認識転換】
【誤った認識】
販売=押し付け=嫌われる
↓
【正しい認識】
適切な推奨=専門家の役割=感謝される
さらに顧客は続けました。
【顧客の発言】
「あなたは、長いことたくさんの女性の肌を見てきたプロなんだから、 そんなあなたに(自宅で使う化粧品を)選んでもらいたいって、 私だけじゃなくて、きっとみんな思ってると思うよ」
【この発言の戦略的意義】
専門性の価値認識
選択代行サービスへのニーズ
市場性の示唆
【根本的な気づき】
顧客を最上級に導くには、 サロン内の施術だけでは不十分
自宅でのケアも含めた、 トータルな支援が必要
【事業範囲の拡大】
| 項目 | 従来 | 新しい視点 |
|---|---|---|
| 責任範囲 | サロン内のみ | サロン内+自宅 |
| 提供価値 | 施術技術のみ | 技術+製品+情報 |
| 時間軸 | 来店時のみ | 24時間365日 |
| 役割 | 技術提供者 | トータルアドバイザー |
【前職経験の意味の転換】
| 視点 | 従来の認識 | 新しい認識 |
|---|---|---|
| 化粧品知識 | 否定的な過去 | 活かすべき資産 |
| 販売経験 | 嫌な記憶 | 専門的スキル |
| 商品知識 | 忘れたいこと | 差別化要因 |
【重要な洞察】
自分が「弱み」だと思っていたことが、 実は顧客から見れば「強み」だった
【確立されたコンセプト】
「あなたのキレイを応援する、 かかりつけエステティシャン」
【このコンセプトの要素分析】
| 要素 | 意味 | 効果 |
|---|---|---|
| 「あなたの」 | 個別化、パーソナル | 特別感 |
| 「キレイ」 | 明確な目標 | わかりやすさ |
| 「応援する」 | 伴走、支援 | 協働関係 |
| 「かかりつけ」 | 継続、信頼 | 長期関係 |
| 「エステティシャン」 | 専門家 | 信頼性 |
【事業への影響】
コンセプトの明確化
↓
【事業者側の変化】
・技術の継続的向上
・情報の積極的収集
・製品の厳選と仕入れ
・提案の自信
↓
【顧客側の変化】
・新メニューへの期待
・製品への興味
・予約注文
・積極的な購買
↓
【結果】
売上の大幅な向上
【新しい価値提供モデル】
進化する施術(技術)
×
新しい情報(知識)
×
進化する製品(物販)
↓
【統合的な価値】
顧客の「なりたい自分」の実現
【この三要素の相互関係】
| 要素 | 役割 | 他要素との関係 |
|---|---|---|
| 施術 | 直接的な効果創出 | 製品で効果持続、情報で理解促進 |
| 情報 | 知識・教育 | 施術の価値理解、製品の適切使用 |
| 製品 | 効果の持続・増幅 | 施術の効果延長、情報で使用法理解 |
【進化し続ける理由】
| 変化要因 | 対応の必要性 |
|---|---|
| 季節の変化 | 気候に応じたケアの変更 |
| 年齢の重ね | 加齢に応じた対策の進化 |
| 技術の進歩 | 最新技術の導入 |
| 製品の開発 | より良い製品の選択 |
| 顧客の変化 | 個別状況への対応 |
【使命の明確化】
変わる季節と重ねる年齢に見合った、 常に最新のものを提供し続けること
【提案し続ける3つの領域】
【提案の姿勢】
提案はするが、決定は顧客自身
【重要な原則】
事業者の責任:最善の提案をすること
顧客の責任:自分で判断し、決定すること
【押し売りと専門的提案の明確な違い】
| 項目 | 押し売り | 専門的提案 |
|---|---|---|
| 動機 | 事業者の都合(ノルマ等) | 顧客の利益 |
| 方法 | 圧力、誘導 | 情報提供、選択肢提示 |
| 頻度 | キャンペーン期間のみ | 必要に応じて継続的 |
| 関係性 | 一時的、取引的 | 長期的、信頼的 |
| 結果 | 後悔、不信 | 満足、信頼 |
| 決定権 | 曖昧 | 明確に顧客側 |
【この原則の意味】
事業の方向性、顧客ニーズ、市場機会、 これらすべての答えは、 実際に購買行動を取る顧客が持っている
【なぜ顧客に答えがあるのか】
| 理由 | 説明 |
|---|---|
| 当事者性 | 実際にお金を払う存在 |
| 客観性 | 事業者の主観を超えた視点 |
| 市場代表性 | 他の潜在顧客の代弁者 |
| 実体験 | サービスの実際の受け手 |
【なぜ優良顧客に尋ねるべきか】
深い理解
建設的な視点
市場の先行指標
信頼関係
【推奨される質問の例】
基本的な問いかけ:
深掘りの問いかけ:
未来志向の問いかけ:
【最適なタイミング】
【適切な環境】
この「顧客に尋ねる」という手法は、業種を超えて有効です。
【業種別の問いかけ例】
| 業種 | 問いかけ例 | 期待される洞察 |
|---|---|---|
| 飲食業 | 「どんなメニューがあったら嬉しいですか?」 | 潜在ニーズの発見 |
| 小売業 | 「買い物で困ることは?」 | サービス改善点 |
| 士業 | 「相談しやすくするには?」 | 心理的障壁の発見 |
| 医療 | 「治療以外で不安なことは?」 | 付加価値サービス |
| 教育業 | 「学習で一番の悩みは?」 | カリキュラム改善 |
【ステップ1:優良顧客の特定】
【ステップ2:問いかけの準備】
【ステップ3:実施と記録】
【ステップ4:インサイトの分析】
【ステップ5:試験的実装】
【ステップ6:本格展開】
事業の転機は、しばしば顧客の何気ない一言から始まります。
【本稿の核心的メッセージ】
すべての答えは顧客の中にある
優良顧客への問いかけの重要性
思い込みの危険性
専門的提案の正当性
統合的価値提供モデル
継続的進化の必然性
【実践への呼びかけ】
もし今、事業の方向性に迷っているなら、 あなたの最も信頼する顧客に、 率直に尋ねてみてください。
きっと、思いもよらない答えが返ってくるはずです。 その答えが、あなたの事業を変えるかもしれません。
【参考理論・概念】
【推奨リソース】
【実践のためのワークシート】